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東京地方裁判所 平成8年(特わ)303号 判決 1996年12月24日

主文

被告会社千代田証券株式会社を罰金一五〇〇万円に、被告人甲野太郎を懲役六か月に処する。

被告人甲野に対し、この裁判確定の日から二年間、その刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告会社千代田証券株式会社(以下、「被告会社」という。)は、東京都中央区日本橋室町三丁目二番一五号に本店を置き、有価証券の売買、有価証券市場における有価証券の売買取引の取次ぎ等を目的とする証券会社であり、被告人甲野太郎は、被告会社の常務取締役営業本部長として同社の営業全般を統括していたものであるが、被告人甲野は、法定の除外事由がないのに、被告会社の業務又は財産に関し、有価証券の売買その他の取引等につき、当該有価証券等について生じた顧客の損失の一部を補てんし、又はこれらについて生じた顧客の利益に追加するため、被告会社が自己の計算において行った株式売買取引の中で、各取引日の当該株式の終値が、株式買付けの場合は約定価格を上回った取引、株式売付けの場合は約定価格を下回った取引を、当初から顧客の取引とすることによって、顧客に対して財産上の利益を提供しようと企て、

第一  被告会社の株式部長であったA及び被告会社の兜町支店長であったBらと共謀のうえ、同都江東区東陽四丁目一番七号所在のインターナショナル・システム・サービス株式会社第一システムセンター内に設置されたコンピューターを使用する方法により、

一  別紙犯罪事実一覧表(一)記載のとおり、平成五年二月一七日から平成六年一月一九日までの間、合計九回にわたり、被告会社の顧客Hに対し、同表の「自己売買をした株式」欄記載の株式会社ビジネスブレイン太田昭和等の株式合計一二万四〇〇〇株の売買は、いずれも被告会社が自己の計算において行ったものであったのに、Hから委託を受けて行った売買として同人名義の取引勘定に帰属させ、もって、合計七〇五万八二六二円相当の財産上の利益を提供した。

二  別紙犯罪事実一覧表(二)記載のとおり、平成五年三月五日から平成六年九月三〇日までの間、合計三四回にわたり、被告会社の顧客Iに対し、同表の「自己売買をした株式」欄記載の昭和シェル石油株式会社等の株式合計一○八万一〇〇〇株の売買は、いずれも被告会社が自己の計算において行ったものであったのに、Iから委託を受けて行った売買として、同人名義あるいは同人が株式の売買をするために使用していたJ名義の各取引勘定に帰属させ、もって、合計四〇七九万二一二〇円相当の財産上の利益を提供した。

第二  前記A及び被告会社の神田支店・副支店長であったCらと共謀のうえ、前同様の方法により、別紙犯罪事実一覧表(三)記載のとおり、平成五年三月二九日から同年四月一二日までの間、合計五回にわたり、被告会社の顧客Kに対し、同表の「自己売買をした株式」欄記載の三菱重工業株式会社等の株式合計一九万株の売買は、いずれも被告会社が自己の計算において行ったものであったのに、Kから委託を受けて行った売買として同人名義の取引勘定に帰属させ、もって、合計八一五万一六六円相当の財産上の利益を提供した。

第三  前記A及び被告会社の神田支店副支店長であったDらと共謀のうえ、前同様の方法により、別紙犯罪事実一覧表(四)記載のとおり、平成五年一二月二日から平成六年四月一五日までの間、合計三回にわたり、前記Kに対し、同表の「自己売買をした株式」欄記載の株式会社大京等の株式合計五万株の売買は、いずれも被告会社が自己の計算において行ったものであったのに、Kから委託を受けて行った売買として、同人が株式の売買をするために使用していたK’名義の取引勘定に帰属させ、もって、合計一一四万八九五四円相当の財産上の利益を提供した。

第四  前記A及び被告会社の本店営業部部付部長等であったEらと共謀のうえ、前同様の方法により、別紙犯罪事実一覧表(五)記載のとおり、平成五年四月五日から平成六年八月二日までの間、合計七回にわたり、被告会社の顧客Lに対し、同表の「自己売買をした株式」欄記載の日本セメント株式会社等の株式合計八万八〇〇〇株の買付けは、いずれも被告会社が自己の計算において行ったものであったのに、Lから委託を受けて行った買付として同人名義の取引勘定に帰属させ、もって、合計四〇六万八三二九円相当の財産上の利益を提供した。

第五  被告会社の代表取締役であったF、前記A、B及び被告会社の取締役営業店統括部長であったGらと共謀のうえ、前同様の方法により、別紙犯罪事実一覧表(六)記載のとおり、平成五年五月一〇日及び平成六年六月二二日の二回にわたり、被告会社の顧客Mに対し、同表の「自己売買をした株式」欄記載の日本航空電子工業株式会社等の株式合計三万株の買付けは、いずれも被告会社が自己の計算において行ったものであったのに、Mから委託を受けて行った買付けとして同人名義の取引勘定に帰属させ、もって、合計一七六万三六四五円相当の財産上の利益を提供した。

(証拠) <省略>

(法令の適用)

罰条

判示第一別紙犯罪事実一覧表(一)番号1ないし3、判示第二別紙犯罪事実一覧表(二)番号1ないし9、判示第三別紙犯罪事実一覧表(三)番号1の各行為について

被告会社につき いずれも平成四年法律第八七号による改正前の証券取引法(以下、「改正前の証券取引法」という。)二〇七条一項二号、一九九条一号の五、五〇条の二第一項三号

被告人甲野につき いずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下、「改正前の刑法」という。)六〇条、改正前の証券取引法一九九条一号の五、五〇条の二第一項三号

判示第一別紙犯罪事実一覧表(一)番号4ないし9、判示第二別紙犯罪事実一覧表(二)番号10ないし34、判示第三別紙犯罪事実一覧表(三)番号2ないし5、判示第四ないし第六別紙犯罪事実一覧表(四)ないし(六)の各番号の行為について

被告会社につき いずれも証券取引法二〇七条一項二号、一九九条一号の六、五〇条の三第一項三号

被告人甲野につき いずれも改正前の刑法六〇条、証券取引法一九九条一号の六、五〇条の三第一項三号

刑種の選択

被告人甲野につき いずれも懲役刑併合罪の処理

被告会社につき 改正前の刑法四五条前段、四八条二項

被告人甲野につき 改正前の刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二別紙犯罪事実一覧表(二)番号11の罪の刑に法定の加重)

刑の執行猶予

被告人甲野につき 改正前の刑法二五条一項

(量刑の理由)

一  本件は、被告会社の常務取締役営業本部長であった被告人甲野らが、同社の顧客五名に対し、同人らの株式取引等において生じた損失を補てんし、あるいは、利益を追加するため、被告会社が自己売買として行った株式取引のうち利益の生じた取引(その日の当該株式の終値が、買付けの場合は約定価格を上回り、売付けの場合は約定価格を下回った取引)を、当初から顧客の売買であったとして、その取引勘定に帰属させることによって、合計約六三〇〇万円相当の財産上の利益を提供したという事案である。

二 証券会社が顧客に対して損失補てん等を行うことは、有価証券市場における適正な価格形成を害し、有価証券取引の公正性やこれに対する投資家の信頼を大きく損なうものであるところ、平成三年に大手証券会社等による一部顧客への損失補てんが大きな社会問題となったことを契機として、顧客に対する損失補てんや利益追加を禁止してこれに罰則を科する旨証券取引法が改正されたが、被告会社では、改正後も損失補てん等を行っていたものであって、その社会的影響には軽視できないものがある。

そして、本件においては、顧客に対する損失補てん等が継続的に行われており、提供された利益額も少額とはいえないばかりか、被告人甲野ら被告会社の幹部が積極的に関与し、会社ぐるみで行われた組織的なものであり、また、補てん行為の態様も、被告会社の自己取引を顧客の取引勘定に振替えたことが大蔵省の検査等で発覚しないように、顧客からの取引の受注が当該取引の約定の成立より前になるよう遡らせて入力することのできるコンピューターシステムを利用するなどして行われた巧妙なものである。

したがって、本件の犯情は芳しいものではなく、被告会社の刑事責任は決して軽視できない。

なお、各弁護人は、本件において、株式の買付けの振替えについては、顧客に確定した現実的な利益を提供するものではなく、現に顧客が高値で売り抜けることができずに損失の結果が生じている取引もあり、顧客が現実的な利益を得る蓋然性が高いとはいえないから、顧客への提供利益額は実損益額を考慮すべきであるし、違法性の程度は著しく低いなどと主張しているが、顧客への振替の時点では、その日の当該株式の終値と約定価格との差額に株式数を乗じた額から取引委託手数料及びこれに対する消費税額を減じた額に相当する財産上の利益が顧客に生じていたのであり、これをもって利益の提供というべきであって、その後の株式の処分は振替えを受けた顧客の判断に委ねられる以上、振替え後の株価の変動によってさらに多くの利益を得たり、逆に損失が発生したりすることがありうるのであるから、処分時における実損益額を考慮して提供利益額とするのは相当とはいえないし、また、前記の証券取引法改正の趣旨に鑑みれば、顧客に対する損失補てん等を行うこと自体が有価証券取引の公正性等を損なうものであり、顧客に確定した現実的な利益を提供したものではないからといって、本件損失補てん等の違法性の程度が低いということはできない。

次に、被告人甲野の責任についてみるに、同人は、被告会社の営業全般を統轄する地位にあったものであり、本件においても、自ら株式部長らに具体的に指示して損失補てん等を行わせたものも多くあるなど、本件に積極的に関与していたものであり、その責任は軽いとはいえない。

三  他方、被告会社及び被告人甲野のために酌むべき事情としては、被告会社では、本件を反省し、前記コンピューターシステムを使用できないようにするとともに、社内の監査体制を強化するなど、同種事犯の再発防止策が講じられている。

また、被告人甲野は、株式市場が低迷する中で、顧客に活発に株式取引を行わせ、顧客からの取引委託手数料収入による被告会社の営業収益を維持しようとして本件に及んだものであるが、本件のような手段を講じたことを反省しており、その責任を取り、被告会社の常務取締役を辞して同社を退き、役員退職慰労金も大幅に減額されるなど、相応の社会的制裁を受けているといえること、さらに、前科、前歴はなく、これまで被告会社において熱心に職務に当たっていたことなどが認められる。

四  そこで、以上の諸事情を総合考慮し、主文の刑が相当であると判断した。

(求刑 被告会社につき罰金一五〇〇万円、被告人甲野につき懲役六か月)

(裁判長裁判官大野市太郎 裁判官大善文男 裁判官染谷武宣)

別紙<省略>

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